七夕研究所は、内閣府知的財産戦略推進事務局のパブリックコメント「AI時代における知的財産権に関する御意見の募集について」に意見を提出いたしました。

七夕研究所は、内閣府知的財産戦略推進事務局のパブリックコメント「AI時代における知的財産権に関する御意見の募集についてに意見を提出いたしました。
七夕研究所では、AI・メタバースをはじめとして我々の事業に関わる分野については、今後も積極的にパブリックコメントの提出に取り組んでまいります。

パブリックコメント本文

以下に提出したパブリックコメントの本文を公開いたします。

基本的視点 について

著作権は本質的に財産権と人格権のハイブリッドであり、しばしばそのバランスが人格権寄りに崩れることで問題が起きていると理解している。
AI利活用は産業競争力強化に必要不可欠なアプローチであり、今回の基本的視点で産業競争力強化が挙げられていることは大きな価値があると考える。
著作権について、特に芸術分野における司法の類似性判断はブラックボックスのような状態が続いており、裁判官の裁量が極めて大きいように感じる。生成AIをめぐる議論を通して、著作権における類似性判断の透明化への道筋が出来ることを期待している。

生成AIと知財をめぐる懸念・リスクへの対応等について(検討課題Ⅰ) について

生成AIとは、ユーザからの指示に従い適切な確率分布からサンプリングして出力を生成するAIである。このようなAIを作成し利活用するにあたっては、一般的には以下のモジュールからなる開発が考えられる。
  1. 大規模モデル。画像やテキストを大量に与えて学習させ、普遍的な特徴を抽出するAI。
  1. 必要な確率分布のサンプリングをサポートする、生成AIの本体。
大規模モデルは生成を含めてありとあらゆる用途に用いられる。例えば文章に対するポジ/ネガ判定、翻訳など。そのため、生成AIの論点と大規模モデルの論点は明確に切り分ける必要がある。
以下、各節について意見を記載する。

著作権との関係 について

学習段階の課題について

そもそも著作権法第三十条の四の改正は2018年夏に提案された法律であり、当時の生成AI技術は現在のそれとは全く異なるものであった。 画像生成モデルがクリエイターの脅威になりはじめた契機となる拡散モデルが精度でGAN(敵対的生成ネットワーク)を上回ったのは2021年( Diffusion Models Beat GANs on Image Synthesis, Prafulla Dhariwal, Alex Nichol, 11 May 2021 , arXiv )、大規模言語モデルの重要基盤技術であるTransformer(双方向注意モデル)が提案されたのは2017年( Attention Is All You Need, Ashish Vaswani, Noam Shazeer, Niki Parmar, Jakob Uszkoreit, Llion Jones, Aidan N. Gomez, Lukasz Kaiser, Illia Polosukhin, Mon, 12 Jun 2017, arXiv)であるが実用的なモデルとして運用できるようになったのは2018年(Devlin, Jacob; Chang, Ming-Wei; Lee, Kenton; Toutanova, Kristina (11 October 2018). "BERT: Pre-training of Deep Bidirectional Transformers for Language Understanding )であった。そのため、著作権法30-4は現代のような高精度の生成AIを想定していない。
一方でそれ以前からの流れを考えると、検索エンジンその他のITサービスが著作権法の規律によって禁圧されている、という解釈があり得たことで法令遵守の思想から先進技術を日本国内で開発不可能になる懸念が強く持たれており、結果としては当時の懸念に対する解決は実現できたと考えられる。
著作権法三十条の四では「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」というただし書きがあり、「不当に害することとなる場合」の定義をより深く詰めて行くことで問題は解決可能であると考える。
著作権所有者の権利と利用者の利益、それに産業競争力の育成とのバランスを適切にとるという点について、行政には強いリーダーシップを期待する。

AI生成物が著作物と認められるための基本的な考え方について

人間の著作者がAIをアシスタントとして使っている限り、人間の創造性が加わっていれば著作権が発生することに疑いはない。よって、AIと人間の共同作業によって生まれた芸術の著作権については、原則として、AIをアシスタントとして利用した人間が単独で持つべきであると考える。AI開発者に権利の一部が共有されるべきとは考えない。
以下、人間の創造性が加わらない、もしくは著作権の対象となるほどの個性的なものが含まれていない場合について検討する。
著作権は財産権、もしくは人格権である。著作物であると認められる=著作権が発生すると考えられるが、著作権の帰属先は著作者でなければならず、人間の個性が含まれていない以上著作者は人間ではない。人間ではないものに著作権を帰属させるには、AI(ソフトウェア)を法人として扱うか、もしくはAIを人間と同等の権利の主体になれると考える必要がある。これらの議論は今後も深掘りすべきではあるが、現時点においてはどちらの選択肢も賛成はできない。長期的にAIが意識含め人間社会において人間と同等の構成要素であると認められた場合にはじめて後者の議論が可能であると考える。
AIそのものではない法人が、法人に属する個人の創造性を発揮したものではなく単にお金を出して動かしたAIを使って作成したものに対して法人が著作権を主張するのは、AIそのものが著作権を持ちうる場合でなければ道理に反すると考える。

学習用データとして用いられた元の著作物と類似するAI生成物が利用される場合の著作権侵害に関する基本的な考え方

仮に生成AIの学習データが不明の状態でプロンプトを入力して出力したAI生成物が、他人の著作権を侵害していた場合、それが元の著作物(学習データ)に依拠していると言えるのかどうかなど、極めて判断の難しい事例は、枚挙に暇がない。
多くの論点を徹底的に洗い出した上で、司法と行政が共同歩調を取り、裁判に先駆けて明解なガイドラインを示すことを期待する。

著作権以外の知財との関係 について

学習段階について。
商標、意匠については特定の知財と類似する出力を得て競合する用途に使う目的で特定の知財を学習用データとして用いる行為にしても、競合目的に使用した時点でAIとは無関係に知財侵害となるし、競合目的でなければ現在は問題がないとされている。特に議論する必要はないように考えられる。 不正競争行為については、そもそもAIの作成方法自体が営業秘密として保護される可能性も高いため、別途検討すべき。OpenAIは「データこそに価値がある」と表明している現状もあり、直近では契約によるカバーが考えられる。
生成段階、利用段階について。商標権、意匠権、不正競争防止法については、いずれも経済権として、経済的な成功もしくはそれを推認するための支払いをもって権利が発生するものであり、現在においても著作権と異なり依拠を侵害の必要条件とはしていない。人間がAIを操作する状況が続く限り、AIを使ったかどうかを著作権以外の知財侵害に絡ませることは適切ではない。よって、生成物も個人もしくは法人が申請すれば、ないしビジネス化すれば保護・規制の対象となりうるのは当然である。

技術による対応 について

  1. AI生成物を識別できる仕組みについて
    1. 画像、音声、動画はさまざまな技術で、AI生成物であることをファイル自体に埋め込むことが可能。どのような方法が望ましいかは現状確定していないが、法制度での規律ではなく民間レベルでの規律としてこのような状況が生まれることを促すことが望ましい。
    2. 一方テキストの出力結果をAI生成物であるかどうか判定することはきわめて困難。AI生成物による出力であることを判定すると主張するAIは存在しているが、実際には使い物にならないという評価を耳にしている。
  1. AI入出力の抑制
    1. 入力側での知財との類似性を判定することは極めて困難ではないか。知財保有者から正当な権利を受けて作業している可能性もあるし、著作権の場合複製物の来歴次第で違法合法が分かれる場合もある。
    2. 一方で、汎用性のある生成AIではなく何らかの入力データでファインチューニングを行った場合、出力結果と学習データが類似していないことを確認することを促す方向性は十分に考えられる。

収益還元の在り方 について

すべてのクリエーターが納得できる形での収益還元の方法があるのか、甚だ疑問である。
国が、生成AIの学習元となるような芸術を生み出すことのできるクリエーター支援を充実させることが、結果的に生成AIの発展にも大きく寄与すると考える。

その他個別課題 について

学習用データセットとしてのデジタルアーカイブ整備に関する課題整理 について

主に研究開発、および開発スキルを蓄積するまでのデータセットとして、学習用に限らずデータ分析に用いることができるデジタルアーカイブが準備されることには大きな価値がある。
デジタルアーカイブの技術仕様は、以下の条件を満たすべきである。
  1. スタンダードに用いられている技術の範囲で提供すること。たとえばWeb APIやAWS S3へのダンプファイル配置は一般的であるが、SPARQLエンドポイントは一部の用途においてを除き現状では一般的とは言えない。
  1. メタデータが十分に整備されていること。メタデータが整備不良なデータは、ないよりも害悪をもたらすことがある。

ディープフェイクについての知財法の観点からの課題整理 について

ディープフェイクは知財法の観点からも課題が考えられるが、諸外国では国家安全保障など、単に知財に閉じない領域での検討も進んでいる。法や官庁の枠組みを越えた検討を促進してほしい。
ちょうどこのパブリックコメントを執筆中、日本テレビの画像を元にして投資を呼びかける広告ディープフェイク動画が流通していた。知財法、特に著作権はこの手の問題に対処するには差し止め請求権として実装されているので威力の高い道具ではあるが、すべての問題を知財法で解決すべきとは考えない。

その他検討すべき課題 について

Appleは、価値のあるものを作ったから音楽ビジネスで利益を上げられたわけであり、著作権を操ったから利益を上げたわけではない。音楽には価値があるからビジネスでお金を稼げるわけであり、音楽に著作権があるから稼げるわけではない。この点を間違えてはならない。 生成AIの議論を機に、著作権そのものを見直すべき時期に来ていると考える。著作権は報酬請求権に留め、差し止め権については見直すべきではないか。
生成AIの文脈においては、オプトアウトの権利は差し止め権の代わりを果たすと考える。しかし、人間が他人の芸術に影響を受けて創作を行うにあたっては、創作者はオプトアウトの権利を行使しようがない。経済圏にすぎない著作権が文化の未来を否定するのは本来不適切である。