七夕研究所は、内閣府知的財産戦略推進事務局のパブリックコメント「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理(案)」に係る意見募集に提案を提出いたしました。

パブリックコメント本文

以下、「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理(案)」についての意見として、七夕研究所から提出いたします。

要約

七夕研究所では6つの意見を提出する。そのうち冒頭の2つはメタバースワールド内における自治のあり方についての意見である。自治を尊重しつつ、良い自治を実現するための手段としてガイドラインを産学官協働で作成し、さらにコンプライ・オア・エクスプレインの方法によって全てのメタバースワールドが自分たちの自治を表明することを求める一方で、日本国の選挙への利用はいったん凍結すべきと主張する。
3つめの意見は知財法をはじめとするコンテンツ規制に関するものであり、違法コンテンツに対する責任追及を一定のところで切断すること、法律をシンプルに保つことを求めている。
4つめから6つめまでの意見はメタバースの安心・安全をベースとしたものであり、ディープフェイクをはじめとしたなりすましへの一般的な禁止法の制定、メタバース上でのアバター殺人についての検討の再考、NFTを用いたメタバース内取引でメタバース外の財産を取引する場合についての規制を求めている。

(1) 論点整理資料 第1章について

メタバース上のワールドにおけるルールは原則としてユーザの自治を最大限に尊重すべきである。メタバース上ワールドにおけるルールは規律訓練型の古典的な権力機構として運用されることもあれば、環境管理型のアーキテクチャ型権力として実装されることもあり、メタバース上のあらゆるワールドは固有の目的を有することを踏まえるとユーザに対して自由で開かれた空間として機能することをあらゆるワールドに対して期待するのは適切ではないと考えるが、それでも我々日本国はワールドの自治を最大限に尊重すべきである。

(2) 論点整理資料 第2章について

メタバースにおける自治を尊重する以上、ワールドによってルールが異なることは想定の範囲内である。一方で、ルール制定は容易な営みではなく、不適切なルールを(それと意図せずに)設定し運用してしまう事例が発生することも強く想定される。また、メタバース間でルールが違うことをユーザに伝えきることは容易ではない。法律の枠組みでは法の不知は抗弁とならないことが原則ではあるが、メタバースで同様の運用はおそらく不可能。
このことから、メタバース内で運用される標準的なルールの案を産学官共同で作成し、一種のガイドラインとして運用すべきと考える。一方でメタバースの自治を強く意識する立場からガイドラインからの逸脱は悪ではなく明確に想定すべきであり、ガイドラインとの差異はコンプライ・オア・エクスプレイン(規則に対し遵守もしくは不遵守の内容と理由を説明させるソフトローの仕組み)によって規律すべきと考える。
また、メタバースプラットフォーム上からのメタバースへのアクセスを想定すると、上記コンプライ・オア・エクスプレインの内容は機械可読でなければユーザへの告知が不可能な場合が想定される。そのため、各ワールドに対しては自らの規則を表明するにあたりプラットフォームの定めた仕様による機械可読性を持つコンプライ・オア・エクスプレインを努力義務として科すべきと考える。
 
なお、メタバースワールドの自治は尊重されるべきとしても、日本国の国政選挙、自治体選挙への利用は慎重に検討されるべき。特に投票を促す選挙運動への利用は当面の間凍結し、メタバース利用がユーザに及ぼす心理的な影響を深く調査検討した後とすべき。
なぜならメタバース環境でのコンテンツは通常の文書図画など現在許容されている選挙運動に比べてユーザに対する心理的認知的な影響が強いと考えられるため選挙の公正を覆しかねず、メタバース外部の民主主義への重大な脅威にもなり得る。一方でメタバース上での政治活動は自治の一環として重要な役割を果たすため、全体としては抑制してはならない。選挙活動のみが一時的な例外と考えられるべき。
 

(3) 論点整理資料第3章 全般について

本論では知的財産権を中心とした議論がなされており、ここには2つの課題があると考える。
一つ目、日本法において違法なコンテンツの利活用がメタバース内で行われたとして、その責任を負わせる対象の限定が必要と考える。メタバースに投入されるオブジェクト(データ)やプログラムはそれぞれ固有の目的および想定されている射程が存在するはずで、目的外利用に対して知財法を含む日本法の意味で作成者に責任を負わせることは不適切と考える。なぜならメタバース間の自治を尊重する以上、特定のメタバースにおいて日本法の意味で合法的な使われ方をするオブジェクトが他のメタバースに持ち込まれ、想定外利用によって日本法の意味で(知財法、その他)不適切になったとして、それに対して法的責任を負うべき人は想定外利用を行った人である。ここで「目的外利用」とは、単純な閲覧も含む。具体的には、成人向けコンテンツを未成年者が閲覧することは、成人向けコンテンツに適切な表示がなされている限り未成年者の自己責任として考えるべきである。
一方で、中立的な意図を持つオブジェクトを悪用させないために、悪用の可能性があるオブジェクトについては、作成者に対して悪用が強く想定されるフィールドへの直接提供を控えることを要請したい。例えばソフトウェア”Winny”は結果として作成に対して著作権侵害についての無罪判決が確定しており、中立的幇助に対する刑事訴追としては適切な結果であると考えるが、元々Winnyが匿名掲示板2chのダウンロードソフト板という著作権侵害を主要目的とするコミュニティにて公開されたことを踏まえると、Winny作者が著作権侵害用途への利用を一切想定していなかったとは考えにくい。その点から、Winnyは本来はダウンロードソフト板のような場所ではなく違うフィールドで最初に公開されるべきであり、そのような公開を促進する要請を公的に行うべきである。 メタバースで起きうる仮想の事例を検討するならば、アバターのために子供の素体データを作成する際に (1) 作者にはそもそも性器をデータの一部として作成する必要があるか?を検討してほしい (2) 性器をむきだしにしたままで使えるデータであれば、児童性愛者のコミュニティに対して一次提供すべきではない と考えられる。
 
二つ目、そもそも知的財産権の法律はきわめて複雑な構造となっており、2015年にドワンゴの川上会長がDevelopers Summit 2015 基調講演において、ソフトウェアの複雑度を示す指標として知られる「循環的複雑度」を法律に適用してみた結果が発表されている。それによると、著作権法第47条の10の循環的複雑度は103となっており、この値はソフトウェア工学においてわずかな修正においてもバグを誘発しかねない程度と考えられる。
メタバース関連において著作権法をはじめとした知財法に手を加える必要があることは間違いないものの、メタバース関連の除外規定などを増やすことで法の複雑度を高めるアプローチは取るべきではないと考える。
 

(4) 論点整理資料第3章 検討事項2のうち「他者のアバターへのなりすまし」について

AI技術などを用いたなりすましは、本資料で主に議論されている人格権や知的財産権の問題に限られず、メタバース世界では社会の安心安全を損なう重大な問題を引き起こしかねないものであり、アメリカではメタバース内外を問わず国家安全保障の問題として議論されている。
境真良「ディープフェイク動画に対する民主的救済の権原について」社会情報学 第8巻3号 2020 によれば、現行では救済を求めるためにおそらく人格権たる狭義の肖像権を用いる必要があるとされている。そのため、このロジックはメタバース内で機能するかどうかが不明。資料にある通り、アバターの肖像権が現時点の法で認められるか自体が不明瞭のため、不明と言わざるを得ない。また、現状の法令では想定されていない「声だけのなりすまし」なども音声コンテンツでは重大な問題を引き起こす可能性がある。
そのため、高度情報技術を用いたなりすましについてメタバース内外を問わずに一般的に救済を求める根拠法を制定すべきと考える。
 

(5) 論点整理資料 第3章 検討事項3のうち 「メタバースにおいて通常は想定されない問題事案」について

「権限のないユーザーが権限のあるユーザーからオブジェクトを奪って自己の占有下に置いたり、それらを破壊したりするような行為は、システム上できないこととされている。」と記述されているが、これはメタバースシステムの脆弱性に対する不正なクラック行為が行われないことを想定している。また、このような機能を実装するメタバースシステムが出現する可能性も否定はできない。実際、EVE Onlineという仮想空間系のゲームでは限定的とはいえ他者の所有物を奪うことが可能。そのため、この想定は実情とは整合しないものになっており、再検討が必要。
メタバース上での殺人については、2つの議論がありうる。まず、アバター殺人は単純にデータの使用継続を特定のメタバースで断念させるだけではない可能性がある。なぜならアバターのユーザが積み上げてきた実績や記録を強制的にリセットさせる行為であるから。現状のVR-SNSではサービス側の問題で同様の事象が起きることに対してユーザが自衛しているようだが、メタバースを安心安全に普及させるためにはユーザ側の自衛に頼るべきではない。そのため、アバター殺人はリアルの殺人とは異なるものの、重大な問題として認識されるべきである なお、フルダイブ次世代型の場合アバター殺人が着用者の生物的な生命を奪うことに直結する可能性は十分にありうる。「ソードアート・オンライン」の冒頭部の描写などを参照。これらのメタバースにおいてはアバター殺人はリアルの殺人に直結するため通常のアバター殺人と同様に考えるべきではないし、アバターを無差別大量殺人するようなオブジェクトを配置する行為はリアルのテロリズムと直結する射程に考えるべきである。
 

(6) 論点整理資料 第3章 検討事項2のうち「NFT等を活用した仮想オブジェクトの取引制度・取扱い等の現状」について

NFTは仮想オブジェクトと紐付けられて取引の基盤となる仮想的な財産と考えられる。一方でリアルの財産と紐付けてNFTを流通させる事例が出始めている。メタバース内で取引されNFTに紐付いているリアルの財産はメタバース内から知覚不可能と考えられ。盗品など安心・安全とは言いがたいものについてNFTを紐付けることでロンダリングして安心・安全なものに見せかける仕組みが可能と考えられる。
メタバース内での取引において、取引が行われるワールド内から知覚不可能な財産を取引することについて法的な保護を検討すべき。安心安全は重要でないとは言わないが、東浩紀「情報自由論」で議論される通りセキュリティ社会において安心の名の下に自由が制約されてきた歴史がある。メタバースの自由度を担保するためには安心安全と自由のバランスを注意深く設計する必要があり、留意してほしい。